
今年は1969年に37歳で夭折した市川雷蔵の没後40年に当たる。「大雷蔵祭」などさまざまな催しが企画されているが、本サイトでも彼の作品を取り上げてみたい。
約15年間の映画人生で159本という圧倒的なフィルモグラフィーを遺した雷蔵。代表作といえば、まずは眠狂四郎シリーズだろう。だが、柴田錬三郎が生み出した、この虚無の美剣士には元ネタがあった。それが「大菩薩峠」の机竜之助である。しかも実際に雷蔵は、眠狂四郎シリーズ(1963~69年)を撮る直前に机竜之助を演じているのだ。そこで今回は、市川雷蔵版「大菩薩峠」3部作をお届けしよう。
中里介山の原作は、1913年から30年近くにわたって書き継がれた大河時代小説。“大衆文学”の始祖として、文学史に名を残す名作だ。主人公の机竜之助は、“音無しの構え”という妖しい技を操る剣客で、辻斬りを繰り返しては、むやみに罪なき人を殺め、愛人の自殺を知っても「死にたい者が勝手に死んだまでだ」と冷たく言い放つニヒリスト。時代劇におけるニヒルな剣豪の系譜は、彼から始まったとされている。柴田錬三郎が眠狂四郎を生み出す際に参考にした逸話は有名だ。まさにゴルゴ13にも通じるピカレスクなヒーロー像と言える。
映画ではこれまで、雷蔵のほかに大河内傳次郎、片岡千恵蔵、仲代達矢が演じているが、この逸話からも雷蔵が、竜之助の妖しい魅力を体現するに一番ふさわしい役者であることは一目瞭然だろう。
第1作「大菩薩峠」(60年)は、冒頭から衝撃的。竜之助が孫娘を連れた年老いた巡礼を、愉快犯のように背後から切り殺すのだから。山本富士子演じるこの美しい孫娘・お松は、3部作を通じて竜之助の“業”を観客に意識させる存在として絡んでいくことになる。物語は、幕末を舞台に、奉納試合で相手を殺し、その妻・お浜(中村玉緒)を手込めにして江戸へ逃れた竜之助と、彼を兄の仇と追う宇津木兵馬(本郷功次郎)が、京の島原でついに刀をまみえるまでを描く。第1作、第2作を担当した名匠・三隅研次による光と影のスタイリッシュな演出が冴える。
続く「大菩薩峠 竜神の巻」(61年)では、幕府転覆をもくろむ“天誅組”に加わった竜之助が、彼らが潜む小屋の爆破に巻き込まれて両眼を失明してしまう。失明してますます研ぎ澄まされる竜之助の剣さばきや、お浜に生き写しのお豊(中村玉緒の二役)とお松のWヒロインも見どころ。「大菩薩峠 完結篇」(61年)で、監督が森一生にバトンタッチ。スタイリッシュな中に、三隅研次とは一味違う軽妙な演出が加わり、得意の流麗なカメラワークを駆使して、竜之助とそれを追う兵馬の宿命が描かれる。2人が対峙するクライマックスの嵐のシーンは見応え十分だ。
眠狂四郎の元ネタ・机竜之助の華麗な剣さばきを堪能するもよし。大衆文学の元祖が持つ深い物語世界を味わうもよし。もちろん、稀代の映画スター・市川雷蔵の代表作としても見逃せない完成度である。
文・外山真也
2009.10.9更新
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