
1980年代に、薬師丸ひろ子と共に角川映画を支えた原田知世。
82年の“角川映画大型新人募集”で芸能界入りするが、その際のグランプリは渡辺典子。原田は特別賞だった。とはいえ、あくまでも真田広之の相手役を選ぶ映画「伊賀忍法帖」(特集「読んでから見るか、見てから読むか」参照)のオーディションだったため、1967年生まれで、当時まだ15歳だった彼女が若すぎたゆえのこと。その証拠に、角川は渡辺典子ではなく原田に、薬師丸ひろ子の後を追わせる。薬師丸の出世作「セーラー服と機関銃」のTVドラマ版に主演して女優デビューを飾り、続けて「ねらわれた学園」にも主演。同様に主題歌も担ったのだから。
そして翌83年、満を持して「時をかける少女」で映画主演デビューを果たしたのだった。
今回は、そんな原田知世のアイドル時代の主演映画4本を取り上げたい。アイドル映画とは言っても、今では巨匠として日本映画界に君臨している一級の監督たちとのコラボばかり。その意味でも、角川映画は先見の明があり、同時に彼女がいかに大事に育てられたかが分かる。実際、「時をかける少女」(83年)は、大林宣彦(映画版「ねらわれた学園」の監督)による“尾道3部作”の1本(他は「転校生」「さびしんぼう」)で、同時上映が薬師丸ひろ子&松田優作主演の「探偵物語」(特集「松田優作」参照)だった。筒井康隆の原作に基づくSF青春ファンタジーの佳作として、06年のアニメ版にも決して引けをとらない出来栄えだ。原田のみずみずしい演技も好評で、同名主題歌も大ヒットし、この1作で彼女は一躍トップアイドルへと躍り出たのだった。
赤川次郎原作の「愛情物語」(84年)に続いて主演した第3作「天国にいちばん近い島」(85年)も、大林作品。原作は森村桂の旅行記で、急死した父の思い出を追ってニューカレドニアを訪れた女の子の成長を描いている。南太平洋の青い海にも負けない、原田の透明感が印象的だ。
主演第4作「早春物語」(85年)も必見の青春ラブストーリー。「Wの悲劇」で薬師丸ひろ子に女優開眼させた澤井信一郎監督の下、少女でも女でもない微妙な年頃の心の揺れを見事に表現し、女優として大きな飛躍を見せている。
そして、崔洋一が監督した、5本目の主演映画「黒いドレスの女」(87年)は、何と北方謙三原作のハードボイルド。彼女も、それまでの等身大の役柄から一転してファムファタールを演じている。コケティッシュな魅力で男を惑わすというよりは、一見無垢で可憐なヒロインだが、無意識に男を翻弄する魔性の少女ぶりは、原田ならではのファムファタール像だろう。 この映画を最後に、彼女は角川から独立する。
すぐに「私をスキーに連れてって」(87年)を大ヒットに導き、以降も「落下する夕方」(98年)「紙屋悦子の青春」(05年)「となり町戦争」(07年)など、寡作ながらも女優業は堅調だ。「私をスキーに連れてって」の成功で、アイドルのイメージを払拭できたことが大きかったのかもしれない。歌手としても、スウェーディッシュ・ポップスの担い手として、独自のポジションを築いている。
決して派手ではないが、時代を超えて受け入れられる原田知世の変わらない透明感。その原点と成長の足跡を、アイドル時代の主演映画4作品で再確認してほしい。
文・外山真也
2009.4.10更新
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