
幼い頃から映画界に憧れていた優作は大学在籍時、いきなり黒澤明監督の自宅を訪ね3日間座り込んで弟子入りを迫った。結局断られた優作は仲間に「俺は有名になっても黒澤の映画にだけは決して出ない」と語った。情熱をもてあます若き日の優作だった。その後「太陽にほえろ!」でブレイクした彼は、アクションスターとして不動の地位を築く。ところがこれを嫌った優作は映画「野獣死すべし」撮影時、8kg減量し4本の奥歯を抜き、都会の隅に生きる青白い殺人鬼を演じた。185cmの長身も邪魔になり骨を削ることまで考えたという。肉体改造をも辞さない彼の姿勢は、安住を嫌い新たな境地を模索する芸術家そのものだった。


'88年、体調不良を抱えつつハリウッド映画「ブラックレイン」のオーディションを受ける。優作の堂々たる演技に、オーディションカメラを回していたリドリー・スコット監督は「彼しかいない!今すぐ撮影に入れる」と叫んだ。この頃検査で膀胱癌と診断されるが撮影中に癌は進行しなかった。映画は大成功。優作にはハリウッド作品の出演オファーが殺到した。中には崇拝するロバート・デ・ニーロとの競演作も含まれていたが、病床でそれを聞いた優作に時間は残されていなかった。
ここに不思議な符号がある。優作は11月6日に永眠。彼が生涯愛した下北沢のバーの最後のボトル ナンバーは“116"。優作の母かね子は1月16日に永眠。いずれも"116"である。優作は生前「世の中に偶然はない。全て必然である」と言っていた。これもまた、彼の神話のひとつである。
文・Master JOKER
2009.1.23更新
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